日本語の源流を求めて (岩波新書)

日本語の源流を求めて (岩波新書)
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日本語の源流を求めて
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日本語の源流を求めて 岩波新書

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日本語の源流を求めて (岩波新書)
Book
大野 晋
価格(税込): 861円
在庫あり。 : 1,500円以上は、送料無料
SalesRank : 137070
Publisher : 岩波書店 ( 2007-09 )
Studio : 岩波書店
新書 : 273 pages H:71 x L:677 x W:417
岩波書店
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南インドから の 渡来人 : 2008-12-19
日本語学者 と し て の 著者 の 業績 と 名声 に は す で に 赫々たる も の が あった 。 そ の 著者 が 日本語 に 対応する語 を 多く持つタミル語 と いう南インド の 言葉 に 出会った の は 60歳 に なっ て から で あった 。 評者 は 「ドラヴィダ語」(タミル語 は これ に 含まれる) と いうまる で 耳 に したこ と の ない遠い国 の 言葉 に 日本語 と の 類縁性 が ある と いう著者 の 論 を 新聞 で 目 に した と き は そ の あまり の 途方 の なさ に 驚いた記憶 が ある 。 しかし言語学者 と し て 深い研鑽 を 積ん で いた著者 は 並み居る同学 の 冷ややかな反応 を も の と も せず 、 現地 の タミル語学者たち の 教え を 乞いつつ着々 と 研究 の 歩 を 進めた 。 たしか に そ の 後 の 25年間 を 通じ て 、 人間 は 古代から驚くべく広く遠く 、 放浪 、 漂流 を 続けたこ と へ の 認識 が 深められ て いる 。 しかし評者 に は 真 に 驚くべきこ と は そ の ような認識 の 深化 に 著者 が 発表する研究業績 が 一役買っ て いる と さえ思えるこ と で ある 。
本書 は 僅か270頁ほど の 小さな大著 で ある 。 それ は 明晰 で は あっ て も 読みやすい本 と は いえない 。 それ は 一般読者 に 向けられた本 で は あっ て も それ以前 に 出された2冊 の 学術的著書 を 踏まえ て いる 。 著者 は 少年時代から「日本 と は 何か に つい て の 自分なり の 答え を 書くこ と 」 を 希望し て いた と いう 。 そ の 希望 は 日本語 の 研究 に 始まりつい に は 考古学 の 世界 に ま で 著者 を 導き入れた の で ある 。
著者 は 日本語 の 源流 を たどっ て 、 タミル語 が 日本語 の どこ に ど の よう に 重要な位置 を 占め て いるか を おおよそ明らか に する と いう偉業 を 達成した 。 それ は 凡百 の 論者 を 登壇させ続け て やまない「日本人論」 に も 貴重な示唆 を 与える も の で ある 。 そればかり で は ない 。 著者 の 主張 に は また 、 タミル語 の 伝来 は 水田稲作 を 伴っ て いた と いう も う一つ の 大きな論点 が 付随し て いる 。 当然な が ら 、 本書 を こ の 二つ の 論点 を 中心 と し て 読み終える読者 は 多いだろう 。 しかし本書 は また 、 著者大野晋 の 生涯 を かけた研鑽 の 足取り で も あり 、 そ の 通りす が り の 光景 に 惹きつけられる人 も 少なくないだろう 。


珠玉 の 名著 : 2008-01-07
ここ の 評価欄 に も 書かれ て いるよう に 、 タミル語 の -a- は タミル語内部 で -u- と も
(共時的 に )交替する 。
それゆえ 、 タミル語-a- は 日本語 と -a- と -o-以外 に -u- と も 対応する(数 は 少ない) 。
と ころ が こういうこ と に 拒否感 を 持つ人々 が いる 。 こ の 種 の 拒否感 は 、 印欧
比較言語学 に 見られる一音一対応 を 盲信する と ころから生ずる 。 日本語 は クレオール
タミル語 で ある と すれば 、 こ の ような軛から解放される で あろう 。
現実 に 、 タミル語内部 で -a- は -u- と も 交替し て いる の で あるから 、 日本語 で も
タミル語-a- は -u- に も 対応する の は 当然な の で ある 。

タミル語-a- は -i- と も 交替する 。 つまり 、 タミル語 で は /i/ と /a/ と /u/ が 相通する
場合 が ある 。 従っ て これ が 日本語 に も 反映し て 「いる」「ある」「おる」 と いう
語 が 存在する 。 これら は タミル語iru 、 aru 、 ul と の 対応 で ある 。 も っ と も 上代
日本語 で は 「ゐる」「ある」「 を る」だ が 、 これ は 前置される語 が すべ て 開口音 の
ため に w- が 調音 と し て 介入した も の で ある 。 「ある」だけ は 「わる」 に なっ て いない が 、
上代文献 に 載らなかっただけ で あろう 。

なお 、 タミル語e の 古形 は a で あり 、 さら に ya に さか の ぼる 。 こ の 通時的変化
は 日本語 に も 及び 、 e は ya と も 対応する 。 なおまた 、 タミル語i の 古形 が ci で ある場合 が
あり 、 従っ て 、 i が 日本語si と 対応する場合 が あるこ と は 否定 で きない 。

こ の ようなタミル語内部 で の 交替 と いうこ と に 無知だ と 、 大野説 は 出鱈目 と いう
結論 に 至りやすい 。 こ の 点 を 注意深く押さえ て から批判すべき で あろう 。
と も あれ一語一対応 と いう印欧比較言語学中心 の 思考から一歩踏み出さなければ
進歩 は ない で あろう 。

日本文化 は 混合文化 で あるこ と の 証左 の 一つ : 2008-01-05
日本 は 、 極東 で 、 大陸 の 端っこ で ある 。
そ の ため 、 多く の 文化 を 受け入れ て いる 。

4大文明 の うち 、 インド文明 と 中国文明 の よい と ころ を 引き受け て いる 。
仏教 と 儒教 が 日本 の 文化 の 基礎 の 大きな部分 を 占め て いるか も しれない 。

言語 の 面 に おい て 、 漢字 と し て 中国 の 文明 の 遺産 が ある と すれば 、 インドから の 遺産 も あっ て 不思議 で ない 。

また 、 太平洋上 の 諸島や 、 アイヌ 、 エスキモーなど の 文化 も 混入し て いるこ と は 想定 で きる 。

本書 は 、 そ の 当然 の こ と を 一つ の 筋書き で 書き下した物 と し て 了解 で きる 。

朝鮮半島 の 言語 と 日本語 と の 間 の 関係 の 分析 は 、 隣接し て いる国 で あるため 、 重要 で あろう 。
一番近く の 言語 と の 関係 と 、 それ以外 の 言語 と の 関係 を 、 体系的 に 説明し て も らえる と あり が たい 。

特 に 、 アイヌ語 と の 関係 が 分かる と 嬉しい 。


日本語=タミル語クレオール説 の 精髄:いかんせん無理 が ある : 2007-12-18
大野氏 の 日本語論 は 面白い 。 係り結び の 発生機序や源氏物語 、 日本書紀などいろいろな分野 で 活躍し て おられる 、 米寿 に し て なお矍鑠たる大学者 と いえる 。 そ の 大野氏 が ずっ と 唱え て おられる 、 タミル語 が 日本語 の 形成 に 大きく関わった と する説 の 本質的な と ころ を 取り出し て ま と めた書物 が これだ 。 いろいろな語例 も 挙げ て あり 、 特 に 44-46p の 三頁 を 費やした対応語 の 表 は 立派な も の だ と 思う 。 しかし 、 どう見 て も こ の 対応 、 説得力 に 乏しい 。 日本語 の a は タミル語 の aまた は o と 対応する と 言っ て おきな が ら 、 タミル語 の o は u と 交替するから と いっ て u も 対応させ 、 語頭 の yやs は 脱落するこ と も あるから と いっ て 任意 に つける 。 結果 と し て 対応規則 は 非常 に 甘く 、 実際 に 観察されない*つき の 語彙 を 媒介し て の 結びつき が 多い 。 また意味的な繋 が り も 、 ご本人 に は 明白な の だろう が こじつけ に しか思えない と ころ も 多々ある 。 勿論かつ て いわれた万葉集 は 朝鮮語だ と かいう愚説珍説 と 違う 、 学術的な記述 で は ある の だ が 、 どう に も 胡散臭い物 を 感じ て しまう の は 否めない 。 寧ろ後半 の 民俗など に 関する章 が 興味深い が 、 著者自ら自分 は 専門 で ない の で よくわからない 、 と 言われるだけあっ て それだけ に 終わっ て いる感 が ある 。 と も あれ一読 の 価値 は ある が 、 信じ込む必要 は ないだろう 。

多層な日本語 の 中 で の タミル語 の 位置 : 2007-10-27
日本 に は 、 昔から進んだ外国文明 の 波 が 何度 も 押し寄せ て きました 。 わ が 国 に は 無かった形而上的な考え方から日用品 に いたるま で 、 諸物 が 輸入され 、 また同時 に それら を 表現する新しい「こ と ば」 も 、 も たらされました 。 こうし て 「日本古語」 を 低層 に し て 、 そ の 上 に 時代 と 共 に 到来した色々な外国語 が 重層的 に 折り重なり 、 現代 の 日本語 が 形づくられ て きたそう で す 。 著者 は 、 こ の 層構造 の 2層目 に 南インド の タミル語 が あった筈だ と 考え て い ます 。 こ の こ と を 、 タミル語 と 日本古語 と の 「こ と ば」 の 比較 、 またタミル語使用地域 の 遺跡・遺物など と 日本 の それら と の 比較 を 通じ て 、 証明 を 試み て い ます 。 また伝播 は タミル人 が 直接来た と しか考えられないそう で 、 彼ら が 、 紀元前千年ころ に 日本 に 渡航するこ と が 可能だったこ と も 証明しよう と し て い ます 。

著者 の 言語比較法 が 厳密な の か 、 頻用される言語学 の 規則や2言語間 の 変換規則 が 一般的な の か は 、 よくわかりません 。 しかし「こ と ば」 の 意味 、 内包 の 表現 は 驚くほど明晰 で す 。 基礎語 の 意味 を 明確 に 確定する優れた基礎作業 の 上 で 、 初め て 可能な比較法だ と 思いました 。

著者 は 、 高校生 の 時 に 「カミ」 と か「ミイツ」 の 意味 に 疑問 を 抱き 、 それ が も と で 、 言語研究 の 道 に 進んだそう で す 。 タミル語研究から 、 著者 は 、 そ の 答え を 見つけ て い ます 。
古事記冒頭 で の カミ の 記述 で 、 「隠身也」 を 宣長 は 、 「身 を 隠したまいき」 と 読みました が 、 著者 は タミル語 の 意味 も 参照しな が ら 、 「かくりみ(隠り身) に ましましき」(カミ は 最初から姿 は 見えなった) と 読み直し て い ます 。 と りわけこ の 点 は すごく刺激されました 。

明快な仮説 を 立 て 、 それ を 証明するため に 、 視野 を 広く も ち 、 既成 の 学問 の 常識 に 捉われるこ と なく 、 研究 に 全力 を 尽くす 。 そういう生き方 を した個性 が 強い一人 の 研究者 の 研究歴 と し て 読む と 、 本書 は 、 後 に 続く人達 を 励 ます 書 に なり ます 。



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